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和良のミステリー 鬼の首をとった話

こんにちは
和樂神樂フラワーエッセンス・プロデューサーの
齋藤佐世子です。

和良歴史資料館のあと、お友達と
かぶとでランチ(おすすめですよ!)した後に
こちらに拝観させていただきました。

引っ越ししてきた時は
拝観できなかったのですが、
今日444の日に見ることができました。

和良のミステリー

和尚様からお話をしていただきました。

念興寺の鬼の首

天暦年間(947~957年)、この地の近くにある瓢ヶ岳(ふくべがたけ)を根城に付近を荒らし回った鬼がいました。家畜を食べたり、田畑を荒らすので民は困り果ててお上に鬼退治をしてもらえるようにお願いをしたそうです。その知らせを聞いた朝廷は藤原高光を派遣し、高光は見事にその鬼を退治しました。

しかしそのあと、鬼の亡魂があちこちで悪さをするようになりました。
せっかく退治してもらったけれども亡魂の悪さは収まらず、民は再びお上にどうにかしてもらえないかお願いをし、朝廷は再び藤原高光を派遣しました。

高光といえども見えない存在を退治することはできません。
そこで虚空蔵菩薩様にお願いをしたのだそうです。

するとその夜虚空蔵菩薩様が夢枕に立たれ、
『明日の朝、ある場所から飛び立つ鳥をこの矢で射なさい。』
起きてみると、枕元に鳥の羽でできた矢が置いてあったそうです。

高光はそこに向かい山中を歩いて道に迷ったそうです。
そこで虚空蔵菩薩様にご加護をお願いしたら
川にうなぎがやってきて道を教えてくれたのです

うなぎが教えてくれた道をいくと
その場所から飛び立つ鷲が!
高光は矢を射って、亡魂を退治することができ、
その後は村で悪さをすることも無くなったそうです。

藤原高光はしばらくこの地に住み、
子孫を残して京都に帰ったのだそうです。

子孫は700年間鬼の首を持っていたそうですが
約300年前にどこか供養して預かってくれるお寺を探したところ
念興寺の住職が引き受けてくれたそうです。
その後250年間は人目に触れることはなかったのですが
50年前から一般公開をするようになったのだとか。

撮影は一切禁止。これには、かつて漫画家・永井豪が『手天童子』取材のために写真撮影をしたが、その直後から周囲で異変が頻発したため、写真を寺に納めたところ怪異が収まったという逸話が発端であるとまことしやかに言われている。
ーーー日本伝承図鑑より抜粋

虚空蔵菩薩様が夢枕に立たれた話を聞いて
私がメッセージをもらうときにとても似ていたので嬉しくなりました。
やはり神仏はいつでもわたしたちを助けてくれるのですね。

虚空蔵菩薩様をお祀りした神社はこの地方にたくさんあります。

星宮神社(郡上市)

家に帰ってから、鬼退治といえば『猿虎蛇』を退治した高賀神社の話があったよな、と思って調べたらこの退治した方も藤原高光氏でありました。おー!
私が初めてフラワーエッセンスを作らせていただいたのはここ高賀川。
今はアメノミナカヌシですが元々虚空蔵菩薩様をお祭りしていたとのこと。
ここに『猿虎蛇』の伝説があります。
高賀神社

神樂エナジーエッセンス『虚空蔵菩薩』様を作らせていただいたのは
大垣の明星輪寺
ここは役行者として有名な役の小角(えんのおづね)が開き、空海が再興したお寺になります。

高光が生まれたのは939年、しかし高光の鬼退治は933年とされているのです。はい伝説ですからね、というわけで探究もここでゲームセット。
と思っていたのですが、面白い問題に気づきました。如覚(高光)にかかわる二人の師匠、良源も増賀も不思議な噂の多い僧だということです。良源は慈恵大師、元三大師、角大師の別名を持つ「比叡山復興の祖」で、鬼に変身して疫鬼を追い払った「角大師」の伝説や分身を使った「豆大師」で知られ、今でも角大師の護符は京都ではよく見られる、という、エクソシストとして有名な人です。
斎宮歴史博物館HPより抜粋

うーん色々面白いぞ、そして夜はふけていく、、、